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発明とはなにか?|
岡﨑乾二郎ゼミ基礎/自由応用 2010年度講義録

この講義録は、四谷アート・ステュディウムの学生のみに公開している講義録より
一部を抜粋したものです。


2010年度 岡﨑乾二郎ゼミ基礎|自由応用 第2回(4月14日)の講義録です。
基礎、自由応用の合同講義が行なわれました。


>> 岡﨑乾二郎ゼミの講座案内はこちらです


■今学期テーマ

発明Invention

・発明とは なにか?
・発明は いかに生まれるか(発明をどう生みだすのか)?
・発明にとって 障碍になるものは なにか?
・アイデア(知的所有権)とは なにか?

■発明とはなにか


1. 芸術と発明


◎「芸術」と「発明」とは共に、「創造性(アイデア)」に関わる、互いに近接している概念である(どちらが広いかはともかく)。


発明という以上、題材も領域も、もはや芸術には限定しない。
一方で、発明性(創造性)のない芸術は芸術ではなく、決められたレールの上(期待値)をスムーズにながれる 餃子のようなものである(よって、匿名でとにかく大量に作って 安く大勢の人に行き渡らせるのが、その倫理である。そうでないのはボッタクリ)。
対して、発明にはリスクがともなう。まだ期待されていないもの、需要がないものを発明したときには(あるいは 既存の生産構造を無効にしてしまうほどの 新しい発明を生まれたならば)、こうした 既存の産業によって生きている人たちは大きく抵抗して、それを認めないだろうし、壊そうとすらするだろう。


【ex.】エジソンが電球を発明したとき、ガス灯に関わる(これはガスの供給もふくめて、大きな社会システムだった)業界は大きな抵抗をし、妨害をした。けれど、一方でそれを必要とする人々、産業も 当然たくさんあった。電球の発明は、それだけで社会そのものに含まれていた生産構造、産業構造の矛盾を浮き彫りにして、大きな論争、戦いにまで発展した。


もっと小さな発明でも同様である。たとえばトイレットペーパー、ティッシュペーパー。人は古代より、これを使ってきた。実は、ウォッシュレットなどを使わなくても、これは簡単に必要にしないことができるはず。大した技術もいらない。それはどのようなアイデアか? そのアイデアが普及したら、どのようなことが起こるのか?
さらに極限的な発明も考えられる。光(灯り、照明)は本当に必要なのか? これも解決できる問題である。


2. 特許とはなにか?/発明の定義/「創造性」を法律によって位置づけるときの問題


特許
実用新案
(・意匠権
(・著作権


[参考URL]特許と実用新案の違いについて
日本弁理士会 特許
特許・実用新案の違いについて 岡本敏夫
あいぎ特許事務所
特許庁ホームページ
発明における高度
自然法則利用とは
発明における創作


「特許」も「実用新案」も「自然法則に基づいていること」が条件。何らかのかたちで自然法則を利用していなければならない、と定義されている。文字の配列によるものなどではダメ。つまりコンポジションないし作曲では、特許も実用新案もとれない。作曲の方法ならば実用新案はとれる(どんな芸術でも「実用新案」くらいならとることが可能)。楽器は特許がとりえるし、また、新たな楽器を使った作曲の方法は、特許の範囲に入る。

それでは、自然法則とは何か?=不可抗力(誰がやってもそうなる)
自然法則そのものでは特許はとれない、その場合は「発見」であると定義されている。自然法則の利用の仕方が権利になりうる(しかし、利用しようとしなければ発見もできないのでは? という考えもある)。自然法則の引き出し方、その組み合わせが発明。


【ex.】「手を離せばリンゴが落ちる」は不可抗力なので、特許はとれない。しかし、宇宙空間で手を離してリンゴが(垂直に)落ちれば、特許がとれる?


【ex.】遠近法のような方法、あるいはグリザイユやモザイクなどの技法は 特許がとれるが、個々の絵画では特許がとれない。


◎「誰がやってもこうなる(a)、にもかかわらず、その人がそのアイデアを出さなければ、それは生み出されなかった(b)」という二つの条件の重なり合いが、創造性。


《課題》絵具(画材)なしで(画用紙に/画用紙で)絵を描け。
※たとえば「折る」ということだけでワンアイデア。いくら時間をかけて折り続けても、発明にはならない(もっとも、ある程度折ることによって「折る」という概念が違う位相に移る可能性があるなら、続ける意味はあるが)。


3. 欠如は発明の母


去年のゼミでやってきたのは、今まで「芸術」という領域で扱われていた諸々の要素を外し、芸術が他の外部の表現形式、システムとどうつながっているのか、を考えてきたが、それでもやっぱり芸術を中心に置いていた。今年はさらに徹底し、技術一般についてを扱うことで、「芸術」という概念がどこから生じてきたのかを考える。


◎「必要は発明の母」と言われるが、正確にはむしろ「欠如は発明の母」である。


【ex.】トイレットペーパーがない、鉛筆がない、家がない、足がないなど、欠如を補うことによって、代わりになるものを考えることで、発明が生まれる(主体自体の欠如、身体/環境の欠如も含む)。


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○普通の発明は、回路はそのままにして、道具の機能を拡張するか、純粋化する(ノイズを省く)ことで、改良すること。


【ex.】キャンバスのサイズを大きくすれば絵画が変わるだろう、という抽象表現主義の方針も、ある意味では実用新案(美術批評はあたかもそれを大発明かのように記述している)。あるいは、いかに少量の安い絵具でいかに多くのエフェクトを与えるか、という方針は、ガソリンの燃費問題に似ている。


【ex.】もう絵画をつくれないときに、マーク・ロスコの絵画の代わりが欲しいときにはどうするか? 
→ジェームズ・タレルの作品。

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Mark Rothko《Untitled(Blue, Green, and Brown)》1952


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James Turrell《Spread》2003 installation view


○他方で、環境(インフラ)そのもの、ないし欲望そのものを変えるという発明(技術革新=イノベーション)がありうる。


【ex.】ガソリンに変わりうる燃料は、何年も前から技術的には可能だった。「ガイヤックス」という名のアルコールなどを主成分としたエンジン用燃料が発売されたとき、自動車メーカーは抵抗を示し、「エンジンが腐る、溶ける」などといい使用を妨害した。しかしその後、植物性の燃料は自動車メーカー自身によって普及され、ガソリンの代わりとして使用されるようになった。


4. 発明の諸段階


a. 応用的な発明
b. 代理物としての発明
c. 生産構造(生産物のネットワーク)を変えてしまう発明
d. 根本的にニーズの構造をかえてしまう発明


発明は、事物を通して、生活様式、生産様式、文化の構造そのものを変換してしまう力をもっている(いいかえれば、その変換を要請する、よって多くの障碍、抵抗にも出会う)。つまり発明、発明術を学ぶことは、それが位置づけられる(あるいはそれに抵抗する)生活様式、生産様式、文化の構造つまり現在の社会、またその文化を構成する生産物の連関そのものを学ぶことになる。


【ex.】トイレットペーパーがなくとも、猫などの動物のように砂を使って用を済ますことができる。
(ウォシュレットは画期的ではない。逆に、水や砂を使うことからジャンプして紙を使うようになった。水を使うことはむしろ元に戻したといえる。)


ひとたび道具ができると、それが環境との関係を規定(固定)する。普通の芸術はコンテクスト(環境)を変えられない、いじれないものとしている。イノベーションはその変わらないとされている部分を変える(あるいは、環境の変動によって今までになかった使用方法が見いだされる)。発明のコツはファシストが一人いればいい。たとえば「日本語の使用を禁じる」「口を使って喋ってはいけない」となれば、発明が一挙に生まれる。主体の位置、人間(とされているもの)のポジションを変えさえすればいい。


5. あらゆる発明は転用である/あらゆる発明はすでになされている


◎事物の転用(技術発展)は、複数の機能体系のあいだで起こる。


【ex.】黒板消しを枕にする


【ex.】マルセル・デュシャンの《Bicycle Wheel》(1913)
1913%20readymade.jpg


【ex.】フランク・ザッパのスティーヴ・アレン・ショウでの自転車の演奏
Frank Zappa on the Steve Allen Show (1963)


普通は、事物に具わっているマイナスの要素(ノイズ)を変えずに、環境の方を変えようとする。


【ex.】レコードやオープンリール:当初は楽譜の代用品、それを捕捉する手段としてしか使われなかった。しかし楽譜に代わるものにはならなかった。楽譜にするには採譜しなければならない。
→ノイズをカットし、楽音だけ認識するように精度を上げて、楽譜に近づけようとする。これが普通の技術発展だとされている。
→ジョン・ケージ:ノイズを音にする=つまり、レコードを楽譜に近づけるのではなく、楽譜をレコードに近づけようとする→発想の転換/認識の構造を変える。


◎根本的にいえば、発明はすでに終わっている。関係を変えると意味づけが変わる。すべてが転用であり、すべてのものはすでに発明されている。事物の組み合わせの回路をつくるのが発明。


6. 転用に関する補論:ジェイン・ジェイコブスの「共発展(co-developement)」


ジェイン・ジェイコブス Jane Jacobs(1916 - 2006)
『The Nature of Economies(邦題:経済の本質——自然から学ぶ)』


自然は線的に進化はしない。また自然は、単に偶発的な出来事を生みだすのでなく、回帰性をもっている再生産システムである、とジェイコブズは考えた。
自然の進化は以下の4つの概念で説明できる。


a. 一般
b. 〜から(関係、方向を示す)
c. 発生する
d. 分化


なぜこの4つしかないのに線的に発展せず、複雑になるのか?


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Raymond Loewy《Evolution Chart of the Desk Telephone and Evolution Chart of Female Dress》1934


たとえば、車輪に進化樹があるとする。その根っこにあるものは何か転がる物体、木とか他の植物といったもので、分化して固い木製の車輪が生じる。そこから枝分かれするのはより軽く、より強い幅付きの車輪だろう。今度はそれが新たな一般性になり、二輪馬車の車、糸車、機関車、自動車、水車、風車、扇風機、汽船の外輪、ミキサー、とだんだん羅列され進化していく...


あるいは、ひとつの発展が別の発展を導き、最初にサルのようだった人間が武器としての棒をもって人間になり(『2001年宇宙の旅』のような)、それが分岐して、ハンマー、トランペット、ドラム、バット、トランペットにつぎつぎとツリー状に分化していった...


こうした直線的で進化論的な歴史観は間違っている、とジェイコブズは主張する。それはなぜか?


たとえば、糸車が発生するには、そもそも蚕から糸をつむぐという技術が発生していなければならない。つまり別のシステムが必要である。すなわち、別の複数の生産システムが同時に存在していて、それらがそれぞれ動いている(基本的には再生産には見えるが、自足できず不完全である)。


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Silkworm.jpg


これは自然界と同じ。それぞれが自足できないということは、相互にやりとりし、貸し借りし、交換しているということ(すなわち経済)。それぞれのシステムのあいだには、ズレないし遅延があり、根本的に異なる時間サイクルが流れている(それゆえ、借りてきたものをそれが属していた体系とは別の使い方をする=転用)。たとえば、アリが進化したとしても、同時にハチも、ゾウも、別の速度で進化している。ジェイコブズはこれを共発展(co-developement)と名づけた。


7. 様々な事物の機能を相互的に分析する


なぜ___が必要か?


【ex.】家——属性に分解する
・雨をしのぐことができる(屋根)
・寒さをしのぐことができる(衣服) etc...
・固定されている(移動できる建物は家ではない)

部分部分は取り替え可能/それらがセットになった全体は?
法律的に規定されている社会的な概念が「家」


【ex.】階段
invention1.jpg

取り外し可能なため、機能的には梯子の方が階段より優位。
(梯子は登ったら外せる。一方から他方にはいけるが他方から一方はいけない、という非対称性が生じる。)
それでは、階段が階段であるのは、どのような点にあるのか?(坂との違いを考える)
→階段が階段であるのは、途中で止まって休むことができる水平面があること。
階段は棚田、段々畑の延長。

他の代替物にない、階段のなかの階段にしかない側面を備えた代替物をつくればよい。
たとえば、ステップフロア、駐車場(建物すべてをエレベーターにする)など。


【ex.】
自動販売機( — 農家にある無人の野菜販売)
鍵 ( — 指紋認証 )          — 用器(コンテナー)
(内と外の境界ではなく、開ける人の資格を問う)     (保存する)
セキュリティの問題


○様々な規制、縛り
a. 法的な縛り
b. 倫理的な縛り
c. マナー的な縛り
d. 物理的な縛り
※発明の障碍になるのは、実は大概 c. マナー的な部分。


《課題》時計、鏡、瞬間接着剤、本 のうちいずれかを選び、分析してそれに代わるものを発明せよ。