前嵩西一馬|「あわい」の場所、「あわい」の時間

February 7, 2012|講義

「ことばのpicture books講座 あわいにある篇」の一環として、前嵩西一馬氏(文化人類学・沖縄研究)による講義が、9月16日に行われました。

あわいに在る、という本年度のテーマが深められる多様な論点、トピックが提示されました。
沖縄戦の証言からは、生死ぎりぎりの状況で起きた聞き違い、言葉の音と意味が一致しない、あわいにおいて決断実行する経験が語られました。
ベンヤミンのエッセイからは、言語と物質的に(字習い積木)触れ合っていた手の感覚、その思い出せそうで思い出せない幼児期の記憶への感情を読み、人間には分節化への欲望があるけれど、子どもには意味が音と同一化されない豊かな世界があることが考察されました。
また、ゾラ・ニール・ハーストン(アメリカ黒人フォークロア研究、作家)や目取真俊(沖縄の作家)の作品などが取り上げられました。そして、語り手の語りへの態度attitude の取り方も「語り」に含まれること、そういう語り方によって、読み方は宙吊りにされる、あるいは、読み手が問われている、ということが検討されました。直接には語られにくいこと(を語る方法)が論じられました。

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