藤富保男|崇高な散歩――西脇順三郎によせて

January 27, 2013|講義

「ことばのpicture books講座  カタリツグ篇」の一環として、藤富保男氏(詩人)による講義が11月30日に行なわれました。

「崇高な散歩」というテーマのもと、西脇順三郎の詩作について、「壌歌」「二人は歩いた」「愛人の夏」などの詩を取り上げながら、仔細な説明を加えて読み解いていかれました。
「二人は歩いた」の「二人」とは誰かをめぐって、男女を想定しがちですが、じつは西脇と友人のことであり、この詩の中では、その二人が散歩をした事実が引用されていることが指摘されました。散歩という独特な経験が、これらの長い詩の元となっており、意識の流れを生んでいるのではないか、と語られました。
「太陽」という詩では、実際に見たものではなく、架空のことが書かれています。西脇は詩論の中で、「可能であってありそうもないものを書く」ということを述べており、これは詩を書くうえで重要なことだと藤富氏は指摘しました。
「皿」では、“その少年の名は忘れられた。”という箇所に疑問を投げかけられました。“その少年”と書かれていますが、少年の記述はそれ以前になく、なおかつ“忘れられた”という他からの視点が用いられていることで、見えない存在を感じさせます。その点をどのように読み解くべきかという問題を与えてくださいました。他に、詩「カミングズ」「崇高な諧謔」に触れられました。

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