2004.01.12 王寺賢太

「ノン・ア・ダノン!」

ボイコットそして/あるいはマスメディア

初出:週刊読書人連載「モナドの窓」 2001年5月1日

フランスでは先月地方選挙が行われた。パリやリヨンといった伝統的に共和国連合、民主連合の強かった大都市では社会党の候補が大勝したが、地方では労働組合を基盤として長い間支持を得てきた共産党が惨敗し、緑の党に左翼第二党の座を譲った。右翼・左翼という言葉が、あたかも自明のものであるかのように流通し続けているフランスでも、その両翼を支えてきたローカルなコミュニティーは確実に崩壊しつつあるようだ。当日のテレビは、深夜の市庁舎前に集まって「左翼」新市長の誕生を喜ぶ、アーバンで、ポリティカリー・コレクトで、エコ・コンシャスなパリジャンたちを長々と映し出していた。

その選挙の直後、フランスが誇る多国籍企業ダノンは、ノルマンディーのビスケット工場の閉鎖と労働者の解雇を発表した。その決定に反対して、組合は即座にストライキ、デモ、工場占拠を組織する。ここまではフランスでは見慣れた風景だが、労働者を支持するジャーナリストたちがダノン製品のボイコットを呼びかけ、それが消費者にあっと言う間に受け入れられたために、事態は全く新しい展開を見せはじめることになった。

このダノン・ボイコットの主張は、あくまでも資本制生産の内部での雇用の保障と賃金アップにある ---「働かせないなら、買わない」、その主張をそう言い換えることもできるだろう。地元の首長たちが即座に学校給食でのダノン製品のボイコットを指示したのも、この運動の「社会民主主義」的な側面を示している。だが同時に、市場原理を逆手に取った、資本制生産に対する批判がそこには確かに認められるのだし、このボイコット運動が、政党を介すことなく、市場に立った消費者からの圧力によって、企業内部での労働条件の改善を求める新しい社会運動のスタイルとして広がりつつあることは注目に値する。事実、ダノン・ボイコットに続いて、大陸からの撤退を表明したイギリスのデパート、マークス・アンド・スペンサーに対しても同様のボイコットが広がっており、フランスではボイコットは今やちょっとしたブームなのだ。

従来の政党や労働組合と連携しながらも、それとは一応独立した消費者運動を呼び掛けたのが、Technikartというマスカルチャー雑誌のジャーナリストたちだったということも、このボイコットの注目すべき点だろう。旧来の地域・職域的コミュニティーが崩壊しつつある時に、マスメディアが重要な政治手段として現れるのは、その善悪を別として必然的でもある。また、ボイコット運動が広範囲に拡大するためには、相互に無関係な消費者をつなぐメディアが不可欠なのでもある。ジャーナリストたちは、大方の予想に違わず、ウェブ・サイトを作ってボイコットのプロパガンダを展開したのだが、そこでさらに興味深い闘争が始まった。

というのも、「jeboycottedanone.com」と名付けられたそのサイトで、ダノンの商標が無断で使われていることに抗議して、ダノンは知的所有権の侵害を訴えたからだ。ここで、訴えが「知的所有権」に関するものであって、「名誉毀損」ではないことに注意が必要である。裁判所の第一審の判決は、ダノンの訴えを認めて商標使用の中止と罰金をジャーナリストたちに命じた。この判決を適用するなら、例えば商標のパロディーといったプロパガンダの方法は「知的所有権の侵害」となるわけだ。さらにウェブ上のドメイン名登録企業 7 Ways は、判決とは別個に(そしてダノンからの圧力とは別個に、と彼らは言う)、登録者の中立性がまもられていないことを理由に、一方的にサイトを閉鎖してしまった。ジャーナリストたちは、裁判を継続する一方で、「jeboycottedanone.NET」と「ouijeboycottedanone.com」という新たなサイトに移って、ボイコットの呼びかけを続行し、商標の「引用」の権利を主張し始めている。

ボイコットという市場での切断は、マスメディアという情報の網目の接続を必要とする。その新しい社会運動の回路に対して、資本は--と言ってしまおう--市場での接続を保存するために、情報の網目を切断しようとする。「ちょっと<革命的>な気分で」とジャーナリストたちがアイロニカルに呼ぶ、市場とウェブ上での「闘争」は、現在、同時進行中である。


(おわり)

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