2004.04.23 田口卓臣

イラクでの日本人拉致事件をめぐる政府の対応について

イラクで五人の日本人が拉致され、その後、全員無事で解放されました。

この間、日本政府はとつぜん「自己責任」という言葉を使い始めました。大部分の日本人にとって、これは耳慣れない言葉です。そこで、この言葉がどういう意味で使われているのかを、まずは押さえておきたいと思います。

政府が「自己責任」という新語によって言いたいことは、以下のようなポイントに分けられます。

  • イラクでは激しい戦闘が行われているから、とても危険である。
  • 政府は国民に対して、イラクには行かないよう、何度も勧告した。
  • 拉致された五人の日本人は、政府の勧告を無視して、イラクに行った。
  • だから五人は、自分の身の安全について、自分で責任を持つべきである。
  • 政府は、ただでさえ忙しいのに、五人のために貴重な時間を取られた。
  • 政府はたいへん迷惑したので、救出のためにかかった費用は、五人の「自己責任」で支払ってもらうことを検討している。

これらの主張は、さまざまな点で、問題をすり替えています。順番に検討していきましょう。


1.

小泉首相は、二時間のあいだ何をしていたの?
小泉首相は、三人の日本人が拉致されたと知らされてから、二時間のあいだ、酒を飲んでいた、という情報があります。マスコミはなぜか、この点について首相を追及しようとしません。

福田官房長官は、拉致された日本人に対して「社会人としての自覚を持て」と発言しました。では、小泉氏には、首相としての「自覚」があるのでしょうか?

言うまでもなく、首相・政府・官僚は、公僕です。公僕とは、どのような状況でも、どのような場合であっても、国民に奉仕する義務があります。危険にさらされた国民を助けることは、公僕として当たり前のことであり、「迷惑だ」などと公言できる筋合いはまったくありません。

自覚を持つべきなのは、首相・官房長官・政府・官僚です。

【参考】
国家の責任 小泉流『自己責任論』がかき消した イラク邦人人質事件 東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040421/mng_____tokuho__000.shtml
元外交官 天木直人の発言
http://www.creative.co.jp/top/main1417.html
イラク人質事件をめぐる各種声明
http://www.gpwn.org.uk/
世界社会フォーラム(WSF連絡会)緊急声明
http://www.jca.apc.org/wsf_support/ngo_statement.html
2.

「非戦闘地域」ではなかったの?
小泉首相は、サマワに自衛隊を送るにあたって、こう言いました。「サマワは非戦闘地域である。」(国会答弁)

つまり首相は、「イラクには戦闘が行われている危険な所もあるし、そうでない所もあるのだ」と言いたかったようです。

この発言を信じるなら、「イラクに行くことは必ずしも危険ではない」ということになります。そうである以上、イラクに渡った五人の日本人に対して「自覚が足りない」などと非難することはできないはずです。
3.

矛盾発言の責任は?
首相および政府は、一方で「イラクには危険でない場所もある」と言い、他方で「イラクは危険だ」と言ったわけです。二つの発言は、矛盾しています。政府がこうした無責任な発言をしていては、国民の間に混乱が生じます。

首相および政府は、混乱を招くような発言をしたことについて、責任を取るべきです。

4.

サマワの現実はどうなっているの?
「自衛隊の行くサマワは非戦闘地域である」と首相は説明しました。ところで、自衛隊の宿営地には、最近あいついで迫撃砲による攻撃が行われました。

このことによって、首相の発言が誤っていたことが証明されました。

5.

公開すべき情報とは?
自民党の政治家は、五人の救出のためにかかった費用について、情報を公開すべきだ、と言っています。

それを言うなら、もっと公開すべき重要情報はいくらでも存在するはずです。

例えば、イラクに派兵されてから数ヶ月たっても、自衛隊の活動の具体的な内容は、いまだにはっきりと見えてきません。自衛隊の活動資金は、国民が支払った貴重な税金から出されています。そこで、政府は、以下の点について情報を公開する義務があります。

  • 自衛隊の活動はどのような成果を挙げているのか?
  • どれくらいの費用がかかったのか?
  • どんな用途にお金を使ったのか?


6.

民間による支援と比較してみると、どうなの?

ニュースステーション(テレビ朝日)は、2004年3月9日の時点で、自衛隊のイラクでの活動に、24億円の金がかかった、と報道しました。また自衛隊の活動予算の金額は、377億円が割り当てられている、という情報があります。

なぜ、現地のひとに水を配給するだけなのに、こんなに莫大なお金がかかるのでしょうか?

例えば、日本国際ボランティアセンターは、たったの6000万円の費用で、10万人のイラクの人々に水を提供する仕事を行っています。

【参考】
陸自活動「非効率」と批判も JVC理事、帰国し語る
http://www2.asahi.com/special/jieitai/TKY200402230166.html
日本国際ボランティアセンター
http://www1.jca.apc.org/jvc/index.html


7.

迷惑をかけたのはどちら?
拉致された日本人のなかには、自衛隊が来る前から、イラクに滞在して活動していた人もいます。彼らの行っていたイラク支援活動や、取材の仕事は、むしろ自衛隊がイラクに来たことによって邪魔されました。

政府や外務省は、迷惑をこうむったのではありません。むしろ迷惑をかけたのです。

【参考】
評論家 浅田彰の発言「イラク人質問題について」
http://dw.diamond.ne.jp/yukoku_hodan/20040416/index.html

8.

人質救出のために、ほんとうに意味のある仕事をしたの?

犯人グループが日本人を拉致したことに対して、イスラムの聖職者協会が犯人グループを説得する発言を行いました(アル・ジャジーラの報道)。犯人グループの声明を読めば明らかなように、人質の解放に実質的な貢献をしたのは、このイスラムの聖職者協会です。

ところが政府は、国民の救出に貢献した人たちに対して、謝意を表わそうとしませんでした。ここから次のことがはっきりします。

  • 日本政府による「救出活動」の中に、イスラム聖職者協会に対する働きかけは、含まれていなかった。

つまり人質の解放という結果は、日本政府の行った活動とはまったく関係がなかった、ということを意味します。政府は、なんら実効性のある仕事をしなかったのです。

事態の解決に実質的な貢献をしたのは、日本および世界にひろがる草の根のNGO、NPOのネットワークによるさまざまな働きかけでした。(当HPでも、その模様をリアルタイムで情報発信しました。下記の「参考」および「10. 資料集」において、その情報源を一部紹介します。)

【参考】
アルジャジーラの英語HP
http://english.aljazeera.net/HomePage
↓日本人拉致当事者の家族がインタビュー
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/D2F8C568-2363-498B-B45D-2224282CEE90.htm

川口外相の声明
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/16/rls_0410a.html

犯人グループ「戦士旅団」の声明
http://www.asahi.com/international/update/0411/004.html
http://www.sankei.co.jp/news/040411/kok051.htm
http://www.sanyo.oni.co.jp/newspack/20040411/20040411010009871.html


9.

海外は、今回の拉致事件をどう見ているの?

フランスの『ル・モンド』紙は、拉致された日本人五人の勇気をたたえ、彼らをまるで罪人のように扱う日本政府の態度を、酷評しました。韓国でも、少なくとも三つの新聞が、五人の活動を称賛し、そして日本政府の態度に強い批判を公表しました(東亜日報、ハンギョレ新聞特派員レポート、朝鮮日報の三紙、いずれも4月20日付)。

何より、イラク戦争を推進しているアメリカの、パウエル国務長官でさえも、拉致された五人の日本人の勇気をたたえています。

日本のメディアは、国外の動きに、あまりに鈍感です。

【参考】
朝日新聞「仏紙ルモンド、人質事件で自己責任問う声に皮肉 」
http://www2.asahi.com/special/jieitai/houjin/TKY200404200125.html
『ル・モンド』の報道(原文)Au Japon, les otages devront payer leur liberation
http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0@2-3216,36-361630,0.html



10.

資料集
■犯人グループの声明全文・翻訳1■
「拘束した日本人三人についての日本政府のコメントを聞いたが、日本国民の気持ちを尊重する意図が全く感じられない。これら政治家は、日本国民の意思を代表しておらず、ブッシュ(米大統領)とブレア(英首相)という二人の犯罪者の代理人となっているのが真実だ。

日本の市中での声も聞いた。日本の市民に訴えたいのは、米国が広島と長崎への原爆投下によってあなたがたを傷付けたということだ。ファルージャでも国際的に禁止された爆弾によって同じことが起きている。世界に知らしめたいのは、イラク抵抗勢力は外国市民を標的にする考えはないということだ。

われわれが信頼し、勇気あり英雄的なイスラム教聖職者団体が、今日の夕方、日本人人質の釈放を求めた。われわれは、独自の情報源から三人が占領軍には協力しておらず、イラク市民を助けていることを確認した。家族の苦しみに配慮し、日本人の(事件への)姿勢についても尊重することにした。よって以下のことを決めた。

@われわれは、イスラム教聖職者団体の日本人人質を即時解放せよとの呼び掛けに応じ、二十四時間以内に解放する。神のご意志のままに。
A米国の圧迫に苦しむ日本の友人に要求する。イラクから日本の部隊を撤退させるように日本政府に圧力をかけること。なぜなら駐留は違法だからだ。

神は偉大で聖戦は勝利まで続く。

二○○四年四月十日、サラヤ・アル・ムジャヒディン」

■犯人グループの声明全文・翻訳2■
「慈悲あまねく慈悲深き神の名において

我々は、3人の拘束に関して、市民の生命を軽視する日本政府の姿勢を大きな苦痛を伴って聞いた。日本政府は、日本国民に対して最低限の敬意を払っていない。ましてや、イラク国民の命については敬意を払っていると言えるのだろうか。日本政府の指導者が高慢な発言をしたことなどから確かなことは、日本の政治家たちは、国民の意思を反映しているのではなく、ブッシュ(米大統領)やブレア(英首相)の犯罪的な振る舞いに従っているということだ。我々は、日本の国民の声に耳を貸すことにした。

米国は広島や長崎に原子爆弾を落とし、多くの人を殺害したように、ファルージャでも多くのイラク国民を殺し、破壊の限りを尽くした。ファルージャでは、米国は禁止された兵器を用いている。

我々は外国の友好的な市民を殺すつもりはないと全世界に知らせたい。なぜなら、我々はイスラム宗教者委員会が我々に殺害を思いとどまるよう求めたことを今晩の報道や特別な情報源から知ったからだ。

我々は、(3人の)日本人たちが占領国に汚されていないことを確認した。(人質の)日本人たちがイラク国民を応援していることや、家族の悲しみを考慮し、日本国民の姿勢も評価して、次のことを決めた。

(1)我々は、イラクのイスラム宗教者委員会の求めに応えて、3人の日本人を24時間以内に解放する。
(2)我々は、親愛なる日本の民衆に対して、日本政府に圧力をかけ、米国の占領に協力して違法な駐留を続ける自衛隊をイラクから撤退させるよう求める。

神は偉大なり。勝利するまで戦いは続く。

ヒジュラ暦 1425年サファル月19日 (西暦 2004年4月10日)、サラヤ・ムジャヒディン 」

■テレビやマスコミがなかなか取り上げない平和の声■
●WORLD PEACE NOW
平和運動の情報が満載されています
http://www.worldpeacenow.jp/
●高遠菜穂子さんの活動
http://www.morizumi-pj.com/iraq5/08/iraq5-08.html
●今井紀明さんの関わっている活動
http://members.jcom.home.ne.jp/no_du_sapporo/
●「イラク日本人人質事件・当事者自作自演説疑惑」の「根拠」を検証するページ
http://www.geocities.jp/iraq_peace_maker/index.html
●日本人三人を救うための署名サイト
日本国民からの署名が、9万5千も集まりました(4月10日)
http://shomei.kakehashi.or.jp/
●ピース・イベント
http://peace-event.seesaa.net/
●作家 池澤夏樹「三人の誘拐について」
http://www.impala.jp/pandora/index.html
●翻訳家 益岡賢
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/
●作家 星川淳@屋久島より「三人の日本人を救え!」
http://innernetsource.hp.infoseek.co.jp/mail.html
●写真家 森住卓のHP
http://www.morizumi-pj.com/index.html
●ファルージャでの大虐殺:子どもたちの写真
残酷ですので見たくない人はパスしてください。でもこれが「人道復興支援」をしているはずの日本が支えている、アメリカ軍のしていることです。
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/8CB7C17E-F69E-48A2-8034-DEA425192815.htm
●ファルージャ大虐殺を目撃したひとの声
http://www.jca.apc.org/%7Ekmasuoka/places/iraq0404d.html

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