2004.02.09. RAM LAB(田口卓臣 編) | ||
都留重人 『日米安保解消への道』 |
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Shigeto Tsuru 岩波新書、1996年 |
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【概要】 |
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「たしかにイラク攻撃には正当な大義がない。けれども日本としては、いざというとき守ってもらうためにも、アメリカの言うことを聞いておいたほうがよい。アメリカの求めに応じて、イラクに自衛隊を送ったのは正しい選択だ。」現実を見据えた、説得力ある考え方のように聞こえる。しかし本当にそうだろうか? うえの主張に大した根拠がないことを理解するにあたって、都留重人の視点は有効である。彼によれば、日米安保条約は冷戦時代の産物である。それはアメリカが、仮想敵=ソ連を牽制するために日本と結んだ軍事同盟だった。当のソ連が崩壊してしまった以上、条約そのものを見直すべき時に来ている。これに対しては、いくつかの反論が存在することも事実だ。そこで彼は、反論のポイントを4点に整理して、順番に論駁していくのである。
第一の論点について彼は言う。「核の傘」の存在こそが、「核の傘」を必要とする事態を生むのだ、と(注1)。このことを証明する最高の一例が、キューバ危機(1962年)である。一触即発の状態にまで発展したこの全面核戦争の危機(アメリカvsソ連)をめぐって、後に、事件関係者たちによる検討がなされた(1987-1992年)。その結果、危機の原因が「いくつかの重要な誤報、誤算、誤判断によって三国(アメリカ、ソ連、キューバ)すべての決定がゆがめられた」ためであったことが判明した。この結論を出したメンバーのひとり マクナマラ氏は、ベトナム戦争当時のアメリカ国防長官である。都留の引用するマクナマラの発言は、軍事作戦の指揮にあたった者のものであるだけに重い。「抑止を意図してとられる措置なり行動が、判断のわずか1パーセントの誤算で相互壊滅をもたらす危険と隣り合わせているのだ。キューバ事件は[核の]抑止力の成功例というよりは、抑止力思想のはらむ絶大な危険の教訓であった。」回心したマクナマラは、後に「非核の世界」の構築にむけて全世界の協力を呼びかけることになる。 第二・第三の論点は、冷戦終結後のアメリカの世界戦略に関わっている。アメリカにとって日本は手ゴマのひとつに過ぎない。1992年当時、チェイニー国防長官(現 副大統領)は、アメリカの軍事技術をもってすれば、他国に基地など置かなくても大抵の攻撃が可能であることを言明している(アメリカ国内の軍事専門家にも、同じ指摘をする者がいる)。「アメリカにとって重要な拠点としての日本」は、実は虚構に過ぎない。にも関わらず在日米軍が廃止されないのは、ひとえに経済的理由からである。「日本側は、わがアメリカ駐留軍の費用の約75パーセントを負担してくれており、年平均のその支援金額は30億ドルを超え、他のどの同盟国のそれよりも多い」(1993年、現 国防長官パウエルの証言)。法的根拠のないこの「支援金」について問いただされた当時の防衛庁長官 金丸信は「アメリカに対する思いやりが根拠だ」と述べた(「思いやり予算」)。 他方、ソ連崩壊後、アメリカは日本に対して、新たな「脅威」が存在すると吹きこんだ。北朝鮮のことである。日本外務省は、この北朝鮮脅威論に関して「日本としてはアメリカの情報を信じるしかない」と説明した。しかし、たとえば北朝鮮のミサイル試射回数と、世界各国のそれとを比較してみれば、この「脅威論」の根拠は疑わしい、と都留は診断する。石油不足・食糧不足に苦しむ北朝鮮にとって、資金的にも技術的にも軍事開発には手が回らないというのが現状のはずだからだ。さらに言えば、アメリカ軍兵力は、北朝鮮と国境を接する韓国にも相当数、駐留している。こうした現実を考えれば、在日米軍4万7千人のうち、少なくとも海兵隊1万8千人の必要性には大きな疑問がある。ところがアメリカ政府はこの点について説明を避けている。 第四の論点は、日本の穏健な政治家に見られるものだが、事実に反している。アメリカは日本の軍事的役割をチェックするよりも、むしろ鼓舞してきた。その結果、日本の国防費は世界第四位にまで膨れあがった(本書出版当時。現在は世界第三位)。都留は言う。「アメリカの軍隊に守ってもらうか」vs「日本独自で軍隊の力をつけるか」という二者択一に捕われるのではなく、第三のより積極的な発想を持つべきだ、と。それは「良心的兵役拒否国家」の道である。彼は1948年に軍隊を全廃したコスタリカの例をあげながら、この選択が決して非現実的ではないと主張する(注2)。 「日米安保解消への道」――その道程を突き進むために彼の示す、とりわけ最後の提案は新鮮な発想に満ちている。 |
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【抜粋】[但し、リストの7, 8番目は要約] |
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「1、平和維持のために日本ができること、そしてなすべきことは何かを一言でいうなら、それは、世界に誇るべき平和憲法を切り札として、軍縮の先頭に立つこと、わけても核兵器廃絶へのイニシャティブをとること。 2、人の健康や生命を重視する立場から、日本を世界の「医療保険センター」にするぐらいの意気ごみで、医療要員の充実、医療施設の整備、医療技術の開発に力を入れること。 3、上の点との関連で、保養と観光をかねて内外の人たちが数多く訪れるような自然景勝(および温泉地)利用の施設の整備に力を入れること。 4、文化的・審美的活動の面での国際的交流に特段の努力を払うこと。 5、国連大学への日本の負担を飛躍的に増大させ、とくに第三世界諸国の社会経済発展に資する教育・研究および技術開発の世界的センターとすること。 6、以上の重点施策を生かしつつ、途上国への援助や難民救済のための出費を、GNPで世界のどの国よりも高くすること。 7、日本が『防衛白書』を出しているのと同じように、アメリカに『在日米軍白書』を作成させ、米軍基地に関する情報公開をさせること。「日本国民の理解と協力」を得たいのなら、その程度のことは当然すべきである。 8、2015年をめどに米軍基地の全面返還を求め、国連本部を沖縄に誘致すること。そしてそこに国連の平和維持部隊を常駐させること。 [8番目は、]ジャワハルラル・ネルー大学のアスウィニ・レイ教授の発想で、彼はこう述べたのであった。 「国連の運営費用が高いのは、それが高価なマンハッタンに位置しているからでもあるのだから、日本は、アメリカ軍に基地を提供するかわりに、国連本文を沖縄に――あるいは象徴的意義を考えて広島に――移すことを提案することができよう。そうすれば、現在の国連本部施設を営利目的に利用することで、国連予算への補充ができよう。」 「国連本部を日本に置くことは、日本の安全に対するどのような外からの脅威にたいしても最も効果的な抑止装置となりうる。グローバルな集団的安全保障を促進する一方で自国の安全保障上のジレンマを解決できるというのは、あまり多くの国ができる選択肢ではない。」 |
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【注1】 |
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同じことが有事法制にも当てはまる。日本政府はこの戦時法制について「備えあれば憂いなし」と説明する。しかし「備えこそが憂いを生む」と言うべきだろう。 | ||
【注2】 |
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都留は元コスタリカ大統領 オスカル・アリアス・サンチェスの言葉を引用している。「私の国は、1948年に軍を廃止してから五十年近く軍隊を持っていない。私たちにとって、最も良い防衛手段は、防衛手段を持たないことだ。」(1995年、朝日新聞主催「希望の未来」国際会議) | ||
【参考】 |
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都留重人『日米安保解消への道』 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4004304768/250-5493916-9701835 都留重人 著作一覧 http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/%93s%97%AF%8Fd%90l/list.html 沖縄・基地・安保関連の書籍(参考文献 228冊がリストアップされている) http://www.jca.apc.org/~kaymaru/Okinawa/Okinawa_books/Okinawa_books.html |
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