2004.02.15. RAM LAB(田口卓臣 編)

ノーム・チョムスキー
「講演」
    Noam Chomsky
『ノーム・チョムスキー』リトルモア出版、2002年

【概要】

言語学者・社会運動家のチョムスキーは、「世界で唯一といっていいほど自由な国 アメリカ」が持つ、もうひとつの顔について語り続けてきた。彼は本書の「講演」でも、アメリカの行う「対外援助」がいかに深刻な人権侵害につながっているかを証明している。

チョムスキーによれば、アメリカが行う「援助」は「投資環境の好転」と密接な関係を持っている。つまり第三世界諸国に投資し、そこで得られた資源(石油など)から莫大な利潤をあげるわけだ。これを実現するにあたって、アメリカはしばしば労働組合や農民のリーダーの殺害、宗教者の拷問、農民たちの虐殺、社会保障プログラムの破壊などを明確な方法として採用してきた。1980年代のレーガン政権以来、「テロとの戦い」を外交政策のトップに掲げ、その名目のもとに、中米・中近東諸国における数万人〜数十万人の民間人殺害を正当化した。人権擁護を唱えるカーター政権にしても「対外援助」の内実は変わらなかった(注)。「アメリカが利益を得るために選んだ」のは「他国での甚だしい人権侵害(侵略と虐殺)」である、とチョムスキーは断言する。この主張の根拠として彼の掲げる具体例を、以下に引いておこう。そこにはアメリカ自身の振る舞いだけではなく、アメリカが賞賛・支援する国々の行為も明記されている。

  • 中米全体=1980年代、アメリカ政府による「テロとの戦い」で、約20万人が虐殺され、100万人以上の難民が出た。
  • ニカラグア=アメリカの先制攻撃によって数万人が死亡。アメリカ政府は「ソフトターゲット(診療所、農業協同組合など)」への攻撃を正式に命令した。国際司法裁判所はニカラグア政府の訴えを受けて、攻撃停止と賠償金支払いを命じたが、アメリカはこれを無視。続いて、国連安全保障理事会でも拒否権を行使。ニカラグアは事実上、国が崩壊し西半球で二番目の貧乏国家となった。
  • エルサルバドル=アメリカ軍は、貧しい民衆の立場にたつカトリック教会の神父(「解放の神学」)7名を殺害し、農民たちを虐殺。
  • レバノン=1982年、イスラエルによる侵攻のために2万人の犠牲が出た。アメリカはイスラエルにゴーサインを出し、武器供与を行った。
  • ベイルート=1985年、爆弾事件のために80名が死亡、250名が負傷。犯行は、イスラム信者たちがモスクから立ち去る時間をねらって実行された。元をたどればCIAおよびイギリス諜報部にたどりつく。
  • チュニス=1985年、イスラエル軍の爆撃によりパレスチナ人75名が死亡。アメリカのシュルツ国務長官は即座にイスラエル外相に祝辞を述べる。その後、国連安全保障理事会が全会一致の決議によってイスラエルの武力攻撃を糾弾したとき、シュルツはこのオープンな賛辞を撤回したが、決議に対しては棄権した。
  • レバノン南部=1985年、イスラエル軍は、ペレス首相の指示により、テロリスト村とみなした地域を急襲し、虐殺・誘拐・拷問を実行。
  • 南アフリカ周辺=アパルトヘイトで有名な南アフリカは、モザンビークやアンゴラに侵攻。レーガン政権期の1980年〜1988年だけで150万人が犠牲になり、600億ドルの損害があった。アメリカ政府は当時、南アフリカを「大事な同盟国」と呼び、後の黒人大統領マンデラが率いる「アフリカ民族会議」のことを、「世界で最も悪名高いテロ集団のひとつ」と呼んでいた。
  • クルド人=1990年代、トルコ政府によるクルド人弾圧がピークを迎える。推定で5万人の犠牲者、300万人の難民が出た。1999年、アメリカ国務省はこれを「テロに対抗する積極的な取り組み」として高く評価、トルコ政府にカブール防衛のための資金を提供した。
  • コロンビア=1990年代、軍隊が出動して、チェーンソーで人々の体を切断し遺棄した(「チェーンソー虐殺」)。現在、政治的理由による殺害は一日に平均20人。既に200万人にのぼる流民にプラスして、毎月1万人のペースで流民が増加している。コロンビアは、人権擁護運動家やその支持者の殺害において、世界最高記録を更新し続けている。1999年、アメリカの最大の武器援助相手国となったのが、このコロンビアである。
  • ハイチ=1990年代初め、ハイチ軍事政権が5000人のハイチ国民を虐殺。アメリカのブッシュ政権・クリントン政権は、このハイチ軍事政権を直接支援している。

以上は、「アメリカの国家犯罪」のごく一部に過ぎない。しかしこのなかでいったいどれだけの事をひとは記憶しているだろうか?いやそもそも、情報として知ることさえあっただろうか?チョムスキーがこだわるのは、この種の「事実」である。彼は「事実」の報告に徹しようとする。そのことによって、ジャーナリズムの陥っている麻痺状態を明るみにし(抜粋1)、その麻痺のベールにくるまれた「私たち」の意識に問いかけるのである(抜粋2)。


【抜粋1】
「[1985年、アメリカが認め、イスラエルが行った三つのテロの] 規模についてはまったくわかっていません。というのは[アメリカの]ジャーナリズムも学界も、自国の行った残虐行為について調査研究は行わないという原則があるからです。自国以外が行った残虐行為については何人犠牲になったのか、その最後の一人までわかる仕組みになっています。しかし自国のやったことについては、まったく手がかりさえない状態です。

例えばベトナム戦争も、当然、何百万の人々が犠牲になっているのですが、それ以上くわしくはわかっていません。誰がいちいち数えたいと思うでしょうか。南ベトナムにおけるアメリカの化学兵器で何十万人が亡くなったか、そんなことをわざわざ数えたいと思っている人がいるでしょうか。アメリカ以外では大まかな推定の試みはありました。しかし、アメリカでは争点にならないのです。そういうことはどうでもいい。そんなものなんです。」(p.20)

【抜粋2】
「[9.11事件の後、いくつかの新聞、とくに『ウォール・ストリートジャーナル』が世論調査を行いました。] 自分たちに関連のある人々、いわゆる「資本家階級のイスラム人」からのみ、意見を聞いたのです。銀行家や法律家や多国籍企業のアメリカ支社支配人といった類の人々です。

彼らは、アメリカの体制のまさに内部にいる人々ですから、当然ながら、オサマ・ビンラディンを嫌っています。なぜなら、彼らこそがビンラディンの主要なターゲットだからです。

では、彼らのグループは、アメリカをどう思っているのでしょう。実を言えば、彼らはアメリカの政策に対して、非常に批判的です。アメリカが首尾一貫して民主主義や地域独自の開発を邪魔していること、そして堕落した冷酷な政権を支持してきたことに、彼らは反感を抱いています。

当然ながら、彼らはアメリカがイスラエルの軍事占領を一方的に支持することに、強く反対しています。今年で[=2002年当時、イスラエルによる占領が始まってから] 三十五年になりますが、あの占領はきわめて過酷で、残忍なものでした。彼らは、アメリカのイラクに対する制裁にも強く反対しています。彼らは、それがイラクの国民生活を荒廃させるけれども、サダム・フセインの権力はかえって強化させることを、完全に理解しているのです。

そして彼らは、私たちが忘れたがっている別の事実も記憶しています。サダム・フセインが最悪の残虐行為をしていた間、アメリカとイギリスが彼を支援していたということです。彼が大量殺戮のための武器を開発するのを助け、クルド人に対して毒ガスを使用したことなど、悪いことにはすべて目をつぶってきました。私たちがそんな事実をカーペットのしたに隠してしまいたいと思っても、彼らは忘れません。」(p.49-51)

【注】
ブッシュ政権を支えるラムズフェルド国防長官、ネグロポンテ国連大使は、レーガン政権当時、この「テロとの戦い」政策の推進者たちだった。前者は中東特使、後者は駐ホンジュラス大使を務めていた。

【参考】
鶴見俊輔 監修『ノーム・チョムスキー』リトルモア出版、2002年
http://www.littlemore.co.jp/book/kobetsu/bungei/chomsky.html

チョムスキー アーカイヴ日本語版(最新の翻訳記事を掲載)
http://rootless.org/chomsky/

Noam Chomsky Archive 原文
http://www.zmag.org/chomsky/

チョムスキー著作目録
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Keyaki/5845/chomskytyo.html

映画「チョムスキー 9.11」(ジャン・ユンカーマン監督)
http://www.cine.co.jp/chomsky9.11/

【参考文献】
ノーム・チョムスキー『メディア・コントロール』集英社新書、2003年
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087201902/250-8193981-0629812

ノーム・チョムスキー『9・11 アメリカに報復する資格はない!』文春文庫、2002年
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9976129343

ノーム・チョムスキー『「ならず者国家」と新たな戦争』荒竹出版、2002年
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9975414443

ノーム・チョムスキー『チョムスキー、世界を語る』トランスビュー、2002年
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=997612046X

ノーム・チョムスキー、デイヴィッド・バーサミアン『グローバリズムは世界を破壊する プロパガンダと民意』明石書店、2003年
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9976571151

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