2004.03.29. RAM LAB(田口卓臣 編) | |||||||||||
浅井基文 『「国連中心主義」と日本国憲法』 |
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Motofumi Asai 岩波ブックレット NO.309、1993年 |
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【概要】 |
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イラクで二人の日本人が殺害されてから、四ヶ月が過ぎた。小泉政権は二人を「英雄」として祭り上げたが、肝腎の、彼らの死の原因については究明しようとしない。真に二人の死を悼むのであれば、誰が、なぜ、いかにして、彼らを殺害したのかを糺すべきではないのか?(注1)事件をめぐる政府の対応は、現れ方は異なるものの、十年前のカンボジアPKOを想起させる。この問題意識を持つ者にとって本書は有意義である。 1992年、自民党政府はPKO法を強行採決する。浅井によれば、これは、日本がアメリカの要求に応じて、時と場所を問わずに自衛隊を派兵できるようにするための、準備の意味合いを持っていた。それはしかも「改憲」を前提とする政策決定だった。政府の説明によれば「カンボジアPKOは国連の平和事業に対する協力であり、危険はあり得なか」った。この証言を信頼して、日本の文民警察官やボランティアの人々が、カンボジアに入国する。しかし現地で、内戦状態がもたらす危険性の高さを痛感した彼らは、その旨を政府に訴えた。政府はこの現場の声を無視し、遂に二人の民間人の死者が出てしまう。この結果に対して、政府は責任逃れに終始した。当初は「現地での危険が増せば、日本独自の判断で、カンボジアから引き揚げる」と断言していたにも関わらず、民間人の犠牲者を生んだことについては過ちを認めず、またカンボジアからの引き揚げも実践しなかった。 浅井は、こうした事態を生んだ遠因として、日本国民の間にあったナイーブな「国連信仰」を挙げている。日本政府にはもともと「国連」を重視する姿勢が希薄だった。常任理事国入りを目標として掲げるのは、あくまでもそれを、国際的な発言権を高めるための手段としてみなすからに過ぎない。ところがカンボジアPKOにあたって、政府が突然「国連に対する協力」をスローガンとして掲げると、国民は他愛もなく説得されてしまった。国民の「国連信仰」が、政府によって逆手に取られたのである。 浅井は続ける。国際連合の本質とは、できるかぎり軍事的手段に頼らずに世界各国の諸問題を解決することに存する(あらゆる平和的手段を行使しても問題が解決できない場合に限り、国連は軍事的手段を用いることができる)、と。この目的を実現するために、以下のようなルールが設けられた。即ち、加盟国は大小・強弱・貧富を問わず平等であること、そしてある国家の内部で問題が起きた場合、国際関係に重大な影響をもたらさない限り、その国家は自助努力によって問題を解決すべきであること(注2)。これらのルール設定は、第一次大戦後に設置された国際連盟が、新たな戦火によって破産した苦い経験に基づいている(第二次世界大戦)。ところが現実的には、国際連合は、安保理(米英露仏中=五大国)の決定に左右され続けてきた。その結果、国連は、アメリカを始めとする五大国を拘束できない一方で、五大国の決定事項に関して責任を転嫁される、という歪んだ構造が生まれてしまったのである。 浅井によれば、こうした国連の歪みを拡大したのが湾岸戦争である。アメリカはイラク攻撃にあたって「軍事的な国際貢献」という考え方を打ち出した。しかし戦後、国内のメディアが戦争の実態を徹底追及した結果、「軍事力の行使は問題解決にならない」ことが証明されてしまう。実際、湾岸戦争は、著しい環境破壊と大量の難民をもたらし、しかもサダム・フセインの独裁権力体制を強めただけだった。戦争を強行したブッシュ大統領(父)は、国内経済を危機に追いやったかどで、二度目の大統領選では大敗を喫した。しかしアメリカの民主主義が、このように自浄作用を発揮したのに比して、日本ではむしろ「軍事的な国際貢献」という考え方が、無批判な状況認識とともに定着してしまう。かくして政府与党内に顕著に存在していた「改憲」志向も、これによって勢いを得たのだ、と浅井は示唆する。 問題だらけのカンボジアPKOから十年の時を経た現在、日本国民のかつての「国連信仰」は、「国連蔑視」へと形を変えたように見える。それは、さしたる根拠もない「アメリカ信仰」と相補的な関係にある。しかしそろそろ「信仰」でも「蔑視」でもなく、現実に根ざした冷静な判断をこそ下すべき時が来ているはずだ。実際、具体的な状況分析に裏打ちされない判断は、それが先入見としてエスカレートする時、必ずや現場で汗を流す人々へのシワ寄せとなるだろう(カンボジアPKOの教訓)。 以上の問題意識に立つ時、浅井の行う以下の提案は、新鮮な視点を提供してくれる。彼は言う。もし日本が、真に「国際貢献」をなしたいのであれば、国連の機能不全を、先頭に立って改革すべきなのだ、と。その主張を支えるのは、25年間の外交官勤務経験を持つ者ならではの、戦略的な「平和主義」である。 |
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【抜粋】 |
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「私は、この問題[国連が五大国に、とりわけアメリカに左右される現状]は、今後の対応いかんで相当に改善される可能性があるのではないかと思っています。つまり、安保理が大国の思うがままに動かないようにすればいいわけです。そのためには、たとえば国連総会が発言力を強める、ということが考えられます。たしかに憲章の規定上は、安全保障理事会が動いているときは、国連総会は発言を慎む、という趣旨の規定はあります。けれども、現実問題として、総会が安保理に対して意見を表明していることもあるのです。 総会というのは、「人類の議会」とも言われるように、国際世論を糾合する場所です。そういうところで、日本が本当にその気になってやるならば、大国が思いのままに安保理を動かすことができないようにチェックすることはできると思うのです。 大国協調体制のもとでの安保理が力ずくで物事を解決しようとするのをチェックし、国連による軍事力行使を必要最小限度のものに抑え込むという役割は、自らが一切の軍事力行使を慎むことを宣明した憲法を持つ日本こそが担うべきものではないでしょうか。 (中略) もうひとつは、大国の拒否権を逆用するということも考える必要があると思います。これは、もっと現実味があるだろうと思います。常任理事国のなかにも、アメリカに無条件で従っていいのかという意識を持っているものはないわけではありません。そのことは、ただちに彼らが民主的な方向に向かうということではありませんけれども、少なくとも、一枚岩ではないということが考えられます。 つい最近も新聞報道にありましたように、小さなことについてですけれども、ロシアが拒否権を久しぶりに使ったケースがあります。そこで拒否権を持っている国々に対して、「お前があまり勝手なことをすると、国際社会の批判の矢面に立つぞ」というような形で、アメリカの言う通りにならないように牽制することは、特に中国、フランス、ロシアの場合には可能性がある話だと思うのです。ここでも、憲法第九条で自ら軍事的行動を固く縛っている日本の発言は、これら諸国への影響力を高めるでしょう。 よくある議論として、拒否権をなくしたらいいという、一見なるほどと思う主張があります。けれども、国連憲章を見ていただくと分かるように、拒否権をなくすという提案に対しても、大国は拒否権で葬ることができるのです。大国が、自分の特権をなくす提案に賛成するはずがありません。ですから、この提案は、実は現実味がないのです。 むしろ私が考えたいことは、憲法に裏づけを持つ日本の「道義的説得力」を背景にして、いま活用できる手段を使って、何とかして国連を民主化する。特に安全保障理事会の機能を、民主的に運営するという方向に持っていく。そういうことを通じて、国連を中心とした軍事的機能も、国際的に民主的コントロールが及ぶような形で発揮させるという方向なのです。 つまり、国連の軍事的機能の民主的運営を実現するための改革、機能の改善ということに対しては日本は積極的に取り組むのです。しかし、そのように民主化される国連の軍事的機能であっても、日本は身を慎む。そしてその分、非軍事的な面で精一杯の寄与をするということになります。それはとりも直さず、憲法の前文と第九条の趣旨・精神を最大限に活かしきるということに他なりません。つまり、憲法を活かしきることこそが、国際社会が求める日本の貢献のあり方そのものであり、これからの日本の進路であると思います。」(p.62-63) |
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【注1】 日本人外交官(奥参事官)の死は、アメリカ軍による誤射の可能性が高い、とする説がある。これは2004年3月21日(日)の「テレビ朝日サンデープロジェクト」で報道された。 |
http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/aoyama-col29.html 【注2】 この原則は、カントの『永遠平和のために』における以下の項目を理論的な根拠としている。 |
「いかなる国家も、ほかの国家の体制や統治に、暴力をもって干渉してはならない。/ なぜなら、いったいなにが国家にそうした干渉の権利を与えることができるというのであろうか。一国が他国家の臣民たちに与える騒乱の種のたぐいがそれである、とでもいうのであろうか。/ だが一国家に生じた騒乱は、一民族がみずからの無法によって招いた大きな災厄の実例として、むしろ他民族にとって戒めとなるはずである。一般に、ある自由な人格が他の人格に悪い実例を示しても、それは(示された醜行として)他の人格を傷つけることにはならない。―――もっとも、ひとつの国家が国内の不和によってふたつの部分に分裂し、その際、その一方に他国が援助を与えても、これはその国の体制への干渉とみなすことはできないであろう(その国はその時無政府状態にあるからである)。/ だがこうした内部の争いがまだ決着していないのに、外部の力が干渉するのは、内部の病気と格闘しているだけで他国に依存しているわけではない一民族の権利を侵害するものである。そしてこの干渉自体がその国を傷つける醜行であるし、あらゆる国家の自律を危うくするものであろう。」(第一章、第五条項) カント『永遠平和のために』岩波文庫 http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/33/4/3362590.html 【参考】 浅井基文 HP「21世紀の日本と国際社会」(国際問題に関する記事が充実) |
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/ 浅井基文 著作一覧 http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/%90%F3%88%E4%8A%EE%95%B6/list.html 浅井基文 証言録(1997年2月3日) http://www2s.biglobe.ne.jp/~jinkenha/asaijinm.htm WIKIPEDIAの「国際連合憲章」に関する解説 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%80%A3%E5%90%88%E6%86%B2%E7%AB%A0 鎌田慧「憲法を生きながらにして殺す歴史」(『反憲法法令集』序文、岩波現代文庫、2003年) http://www.eris.ais.ne.jp/~fralippo/demo/review/KMT040131_anti/index.html 【参考文献】 浅井基文『「国際貢献」と日本 私たちに何ができるか』岩波ジュニア新書、1992年 |
浅井基文『新ガイドラインQ&Aここが問題』青木書店、1997年 浅井基文『平和大国か軍事大国か』近代文芸社、1997年 浅井基文『集団的自衛権と日本国憲法』集英社新書、2002年
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